日本文学
詩を読む人のために 三好達治著
彼女はいつも詩集を
持ち歩いてゐた
見初められた詩人の名を
知るものは
誰もいない
あの夜も
彼女は鞄のなかから
そっと詩集を取り出した
とてもやわらかくて
くずれやすいものでも
扱うように
それから
木の葉の色が
変はり
街を行交う顔ぶれも
変はり
すべては
いとも軽くまはり続ける
しかし彼女は
未だ詩集を読みつづける
終わりなき旅をしているかのように
「詩を読む人のために」は、「詩を読む人々、それも初めて現代詩を読もうとする
年少の読者のため」に三好達治が書いたものです。
島崎藤村、北原白秋、萩原朔太郎など、一般的に良く知られている詩人だけでなく、
山村暮鳥、丸山薫、竹中郁など幅広い詩人たちも紹介されています。
初めは専門用語が頻出しますが、徐々に解説は平易になっていきます。
「前書き」を読んだ後は、後ろからも、好きな作家ごとにも読め、自由に楽しむことができます。
僕は、堀口大学の優しい詩に惹かれました。
「夕ぐれの時はよい時」、本当に心が安らぎ、温かくなります。
堀口に関わらず、詩を読むと古き良き日本の姿が目に浮かびます。
自然に囲まれ、虫の音が鳴き、砂利道をときどき人が通るような、そんなのんびりとした暮らしです。
僕は、かつての日本の姿に憧れを抱いているのかもしれません。
この本をきっかけに、いろいろな詩を読んで味わってみたいと思います。
小出楢重随筆集 芳賀徹編
小出楢重(1887〜1931)は、大正・昭和初期に活躍した洋画家です。
小出の才能は、第6回二科展において《Nの家族》(1919)が樗牛賞を受賞したことで、
一気に花開き、《ラッパを持てる少年》(1923年)、《帽子をかぶった自画像》(1924年)などを
制作し、晩年には裸婦像で高い評価を得ました。
本書は小出楢重の随筆集で、絵の画面からは想像もできないほどユニークな小出の一面を見ることが
できます。
美術という視点から見れば、「ガラス絵の話」、「欧州からの手紙」、「油絵新技法」が
重要な部分になるのでしょう。見向きもされなかったガラス絵の評価・研究。
欧州旅行では留学、というよりも遊学して、刺激を受けたようです。
旅行後は、西洋の心を知ろうと、自分の周りを全て洋風に変えるまでの徹底振り。
この随筆集には、真面目な話だけではなくて、ユニークな話も編集されています。
「怪説絹布図」、「蛸の足」あたりでしょうか。
小説家と称してもおかしくないくらい、滑稽な話が満載です。
小出は、44歳の若さでこの世を去ります。
元々体は弱く、作品が評価されるに連れ、忙しさは倍増。
それが病の進行を早めてしまったようです。
その事実を知ったうえで、この随筆集を読むと、ユニークのなかにも
悲壮さが感じ取れます。
人間、小出楢重がここにいるのです。
歯車 他二篇 芥川龍之介
唐突ですが、あなたは自殺を決行しようと思ったことはありますか。
私は仕事上の理由から、ノイローゼを患い、自殺が頭のなかを過ぎったことがあります。
私は自分自身と同じ悩みを抱えた作家は居ないものか、居たとすれば、彼・彼女こそが私の心を
救ってくれる唯一の人間だと思いました。
みなさんはおかしいと思われるでしょう。
まずは病院へ行き、医者の診断を仰ぐべきだと。
私も、今ならばそう思います。
しかし、当時の私はノイローゼによって正常な思考を奪われていたのです。
病院へ行くくらいなら、死んだ方がましだとさえ思っていました。
そんなとき、私は芥川の、「或る阿呆の一生」、「歯車」に出会ったのです。
両作とも芥川最晩年の作。
解説を担当された中村真一郎氏は「遺書を開く時の厳粛な気持」がすると
述べていますが、私も同意見です。
私の心は全て芥川が代弁してくれていました。
「死にたがっていらっしゃるのですってね。」
「ええ。−死にたがっているよりも生きることに飽きているのです。」
彼らはこういう問答から一しょに死ぬことを約束した。
「プラトニック・スウイサイドですね。」
「ダブル・プラトニック・スウイサイド。」
生きることに飽きる?
何と上手い表現なのか。涙が出るほど上手い・・・。
私は、この本を常にポケットに入れて、暇さえあれば読んでいました。
自身を救う唯一の方法が隠されているのだと信じて、その根拠は芥川の死。
私は今、こうして生を謳歌しています。
芥川は私の出生するずっと昔に亡くなりました。
しかし、本のなかで芥川は私を必死に励まし続けてくれていたのです。
私を救ってくれた唯一の方法、具体的には書かないでおきましょう。
重要なのは、私が生きているという結果なのですから。
山椒魚・遥拝隊長 他七篇 井伏鱒二作
私が中学生だった時分、国語の授業中、あまりに退屈してくると、
「便覧」と呼ばれるテキストを開いて、日本の名だたる文学者たちの
功績をよく読んでいました。
むろん、井伏鱒二もその中に含まれており、とくに太宰治と二人で撮った
写真がとても印象に残っています。
そして、まだ当時存命していたことも私が彼に興味を抱いた理由の1つです。
代表作『山椒魚』。
山椒魚が自分自身の成長に気が付かずに、住まいである岩屋から出られなくなります。
岩屋の外から見える動物や景色にうらやみますが、あるとき一匹の蛙が岩屋に紛れ込みます。
山椒魚は意地悪をして、蛙が出られないように入り口をふさいでしまいます。
閉鎖的な岩屋で山椒魚と蛙がとった行動は・・・。
私には、山椒魚が人間で、岩屋が社会を表しているように感じました。
つまり、岩屋である社会、より具体的にいえば日本社会は大変窮屈なものであり、
徐々に知識をつけ成長する人間が、閉鎖感のなかで苦しんでいる姿を想像したのです。
岩屋と外界をつなぐ小さな入り口は、希望の光。
閉鎖感を強く感じながらも、ただ何も行動せずに、外の世界に憧れてばかり居るのは、堕落した私自身。
脱出しようと行動を起こした山椒魚はまだ良い。
逃れられない現実は変わりがありませんが・・・。
山椒魚の気持ちが痛いほどわかる、そのような気がしました。