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大太法師の足跡<石裂・栃窪>

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「そおさなあ 山よりも大きな家に住んでいたのかもしれない。でも、石裂山にいた大太法師は、富士山を一晩で作った大男ほどは大きくなかったようだ。それでも、ひとまたぎが2・300メートルもあったというから、そうとうな大男だったことはまちがいない。そして、この大太法師は南摩の西沢ちかくをよく歩き回り、その足跡のくぼんだところに水がたまり沼になったというのだ。土地の人たちはこの沼を大太法師の足跡といっているんだそうだ。」
「その沼は、いまでもあるの。」
「いまは、埋め立てられて、田や畑になってしまって残ってはいないらしい。」
 残念そうにいうおじいさんのあとをうけて、おばあさんが、
「そう、そう、栃窪溜もその大太法師の足跡だという話を小さい頃に聞いたことがあったよ。なんでも、その大男がどこかへいく途中につけた片方の足跡が栃窪溜になってもう片方の足跡は古賀志山のふもとにある沼になったということだよ。」
 と、思い出したようにいった。

つづき