![]()
生子渕<加園>![]() 「何かわけがあんなら俺に聞かせてくれ。力になれるこったらなってやるべ。」 としよりがそばに寄ろうとすると、女の人は赤ん坊をぐっと抱きしめて逃げるようにその場を立ち去った。 気になったとしよりが、後をつけて行くと、女の人はますます足を速め、草を掻き分け奥へ奥へ歩いて行ってしまった。 としよりは、これ以上あとをつけることはしなかったが、その女の人のことがとても気になった。しかし、村人の間でその女の人を見掛けた話もでないので、 としよりもだれにも話さなかった。 それから数年ののち、月のない夜や小雨の降る真っ暗な夜になると、この沼のあたりから「オボコ、オボコ。」という不思議な声が聞こえるようになった。 このことは、たちまち村中のうわさとなり女や子供たちは昼間でも沼の近くを歩いたり、この沼の近くで仕事をすることを気味悪がった。 「まったく困ったもんだ。かえるのバケたのでもいるんじゃねえかや。」 「なあに、かえるじゃねえよ。人間の泣き声にちがいねえ。」 村人たちは、思い思いに想像をし話し合った。うわさは人から人へと伝わるうちにだんだん大きくなるので、村役人たちも相談して、 「あの気味悪い声の主をさぐるため、一戸一人でて、沼の水をほして調べるべし。」 と、ふれを出した。集って来た村人の中には、 「ようし、俺のこの腕でバケモノをひっつかまえてみせやんす。」 と、意気込む若者もいれば、 「なあに、二日や三日じゃ見つかるもんじゃねえ。」 と、たしなめるとしよりもいた。 村人たちは、みんな手おけを持って来て水をくみ出したが、思うようには仕事は、はかどらなかった。 十日たち二十日たっても声の主をさがしあてることができない。だんだん苛立ちをみせてきた村人の中には、 「沼の水ほしよりも、てめえの田んぼの手入れをしなくちゃなんねえからな。」 などと、こぼす人も出て来た。村役人は、 「泣きごとは止めろ。声の主をさがしてくれと言い出したのはおまえたちではないか。もう少しのしんぼうだ。」 と、きつく言って仕事を続けさせた。 やがて、沼の底が見えるほどになったある日、泥の中に子どもの頭ぐらいの大きさの石がでてきた。 つづき |